FC2ブログ

菰田誠の工務店日記

住まいについていろいろ考えます

こもだの家づくりパートナーとの旅行会報告

先日、こもだ建総の家づくりパートナー会の旅行会として、鳴子温泉、中尊寺金色堂などに行ってきました。
もうさいたま市ではほぼ終わりだった桜が、東北道を北上するにつれ、徐々に見ごろになり、中尊寺ではまだ開花前という状況でした。
19041400.jpg
二本松城址で桜鑑賞。
19041401.jpg
宿泊は、鳴子温泉。とてもいいお湯でした。朝、4時に目が覚めてしまい、入浴(誰もいませんでした)その後、宿の近くを散策。
すぐ近くに延喜式内社 鳴子温泉神社 がありました。古くから温泉としてあった場所であることを感じました。
19041501.jpg
そして、メインの中尊寺金色堂。中の写真撮影はできないので、覆舎の写真。(これが旅行レポートの寂しいところ)
改めて、ホームページで確認すると850年に開山。と。天台宗 円仁 が開山と。「天台宗」と言えば、先代が眠る
浦和 領家の長覚院も天台宗。奥州藤原氏が栄えたこの時代、さいたまはどんな感じだったのだろう?と、よく疑問がわきます。
平安時代のさいたま市のイメージ・・・なかなかしにくいのですが、
長覚院も慈覚大師(=円仁)が開いたような。それが、830年。その前年に、東浦和の方にある「吉祥寺」を円仁が829年に開山しているようです。なんだか急に、中尊寺金色堂が身近に感じられるようになってきました。
また別に、浦和の歴史と深いかかわりのある「玉蔵院」は、弘法大師 空海が開いたと。仮に空海が50歳の時に開いたとすると824年。そのころ歴史の教科書に出てくるような、有名な僧侶がさいたまでも活躍していたんですね。さいたまには金色堂はできませんでしたが、どんなさいたまだったのだろうと思うとワクワクします。(勉強不足で、知識があいまいで、調べ調べ打ってます) 
19041502.jpg
その時代の寺は、どんな役割だったのか。心のよりどころでもあり、役所でもあり、学校であり、税務署でもあるよな感じだったんのでしょうか。平泉を訪れて、そんな妄想の膨らむのと同時に、「理想郷の実現」 今はその「理想郷の実現に近づいているのか?」
(たどり着くのだろうか・・・) なんだろう、「技術」はあるのに、「それを形にする」という事は、まるで違うという現実。というもやもやにぶち当たるのでした。
スポンサーサイト
  1. 2019/04/17(水) 21:10:10|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
| ホーム | SDGs 持続可能な開発目標>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://komodasatou.blog103.fc2.com/tb.php/329-88c0f3a9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)